園長先生のコラム

コラム 【 2019年7月号 】 「 久しぶりの入院」

6月10日未明、トイレにいくと下血しました。
「あれ、トマトジュース飲んだからかな?」と思いましたが、寝ぼけていたのでそのまま寝ました。
翌朝、食欲が無く、お茶だけ飲んだあと、年中赤組さんの参観で「櫻井七海先生の病気療養の件」のお話をいたしました。
昼食も食欲がなく、雑炊を少し口にしただけでした。
ところが午後になって容体が急変したのです。多量の出血でした。
頭をよぎったのは、4年前の夏休みの大腸ボリープ切除手術のことでした。
「このようなポリープの出来易い人は、2年に1回くらいは大腸内視鏡検査して下さいね」とお医者さまに言われていたのですが、「忙しいから夏休みにしよう」と毎年思いつつも、色々雑多なことに追われて4年も放置していたのでした。
慌てて病院を訪ねてみても、診療時間は過ぎてしまっていました。前回(7年前)の出血の際、某医院の先生の紹介もあり緊急入院措置をとってもらえたのですが、今回は受付の段階で診てもらえないという困難が生じました。結局お腹とお尻を抑えながら家に帰り長く不安なそして苦しい一夜を過ごしました。
自分の浅学をもってしても、痛みを伴っている多量の出血というのは、食中毒ではないだろうと思い、大腸ガンの末期としか考えられませんでした。
腹痛苦よりこのまま翌日病院に行って生きて帰ってこられないかもしれないと、考え「せめて書斎ぐらいは片づけていないと恥ずかしいし、何が何処にあるか説明も出来ない」と思い、夜中下血のためトイレに通いつつ、片付けを始めましたが結局途中で挫折し、徹夜苦渋の朝を迎えました。

診察検査の結果、僕の大腸には無数の「憩室(大腸内にあるポケット状の穴)」があるそうで、複数の憩室の静脈が破裂して出血していることが分かりました。
末期のガンでないことにほっとした途端、「明日大学の講義はできますか」と質問すると、先生に笑われました。
「このまま家に帰ると生命の保証はできません。入院です。」ところが数日の入院で済むと高を括っていたら、10日経っても下血は止まりません。
実際、この原稿を書いている今出血は収まっているものの、退院は決まっていません。
今日(6月24日)、2週間ぶりに重湯と具無し味噌汁いただきました。

この度の入院で本を一作書けるほど学んだように思えます。
それは、患者と医療従事者における、権利と義務についての再確認をはじめ、死を身近に感じ、今まで教会の説教等、宗教者、牧師として真摯に語って来たかを問い質すことが出来たことです。
何より、自分一人では何もできないこと、病院の各専門医の方々、看護師の方々多くの職員の誠心誠意なお働き無くして、生きてはゆけないことを感じました。

教会の信徒の方々と主教さまはじめ、三重伝道区の先生方諸氏のお祈りを本当に有難く感じました。
また、教会関係だけでなく友人たちの励ましや慰めが無かったらとても耐えられなかった長い絶食期間と下血の苦しみでありました。

そして何より、妻(どんなときも淡々と自分の妻としてすべき仕事をする姿に感謝し、敬服しました)と結婚してよかったと、38年経って再認識いたしました。

わずか2週間(24日現在)の間ではありましたが、おそらくはこの病にならなければ学ぶことが出来なかったのでないかと、今更ながら机上の学問ではないお恵みを感謝したいと思います。

某病院 外科病棟 病室にて

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