園長先生のコラム

コラム 【 2018年9月号 】 「 今日から2学期 」

聖ヤコブ幼稚園の園児たちが、元気いっぱいに幼稚園に帰ってきました。
2学期の始まりです。たくさんの夏休みの思い出を作ったことでしょうね。

近頃、齢のせいか昔のことを思い出すのですが、僕の幼稚園時代は預かり保育などはなくて本当に40日間の夏休みでした。
私立幼稚園年少の頃(当時では珍しい3年保育)幼稚園まで行くのに、父のバイクに乗せてもらい通っていました。帰りは集団降園で母の実家に預けられ、また夕方、父が会社帰りに迎えに来てくれるという通園でした。
ですから、夏休みはずっと自宅にいるのです。母は、美容師の資格を持っていて自宅で美容院をしていました。
幼稚園のお友達は遠かったのでなかなか会えなかったので、早く夏休みが終わって欲しいと思っていました。ただ、朝の10時頃になると、「ろばのパン屋はチンからリン(^^♪・・・・」と、音楽を流しながら、本当にろばがパンをいっぱい並べたケースを積んだ荷車を引いて、やってくるのです。
10円玉を握りしめ、ずっとくるのをまっていました。美味しかったという記憶もないのですが、懐かしさはあります。
その後、母の弟夫婦がその家に住み、美容院は閉店し、僕たち家族は母の実家に住むことになったので、幼稚園が近くなり、送り迎えは母になりました。夏休みの間、友だちの家に行ったりまた僕の家に来たりして遊びました。
年長の頃になると、幼稚園敷地の隅から隅まで知っているので、たとえ門が閉まっていても忍び込んで遊んでいると、日直の先生に叱られたのも楽しい思い出です。
夏休みが長く、また先生やなかなか会えなかったクラスの仲間たちに久しぶりに会える始業式が、何か気恥ずかしく嬉しい感じでした。また、ちょっと自分が成長したことを、どのように振舞ったらみんなに認めてくれるかを考えたり、複雑な気持ちでした。

僕は、このような幼児、少年時代を送れたことを本当に幸せに思っています。ニュースでは、2学期が始まる時期、子どもの自殺が増えることを伝えていることがあります。
とても、悲しいことです。
幼稚園や小学校に行くことが楽しく、嬉しかった自分のことを思うと、胸が痛みます。
かけがえのない幼児の時期に価値観や感性を養い、教師や友人との人間関係を学び、遊びを通して知ることの喜びを体験して欲しいと思います。

2学期は「バス遠足」「うんどうかい」「お芋ほり」「ページェント」「クリスマス礼拝と祝会」等々たくさんの行事があります。
すばらしい成長の2学期にしましょうね。

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・・ 年主題聖句 ・・

「愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。」
~ ヨハネの手紙Ⅰ 4章11節 ~

聖書の愛という言葉には2種類あります。「神の愛」「人間の愛」前者はアガペー(ギリシャ語)、後者をエロス(ギリシャ語)神の愛は見返りを求めない、只々一方的に与え続ける愛を指します。後者の人間の愛も決して悪い愛ではないのですが、見返りを求めてしまう人間らしさを持った愛です。だから失恋したときなど心に痛手を受けますよね。神の愛は人間の中にも存在します。わが子を思う親の愛などは見返りを求めていません。愛された子どもは人を愛することができます。私たち人間はすでに神さまから愛されているのですから、互いに愛し合うことができるはず、とヨハネは言っているのです。

・・ 聖句と今月のみことば ・・

「ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。」
~ 【新共同訳】ルカによる福音書19章6節 ~

ザアカイはローマ(当時ユダヤはローマの植民地)の送る税金を集めたり、人に高い金利でお金を貸したり、お金持ちでしたが友達もなく町の嫌われ者でした。イエスさまを一目見ようとしたのですが、背が低かったので見えません。そこで木に上って見ていたところ、思いもかけずイエスさまに「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」とお声をかけられました。ザアカイはその後、回心して貧しい人にお金を分け与えたのでした。

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