園長先生のコラム

コラム 【 2018年1月号 】 「 お掃除して新年を迎える 」

「もういくつ寝るとお正月(^^♪」とありますように、年末になると子どもの頃から気忙しい中にもなぜかうきうきした気持ちになります。
お年玉という大金(?)が手に入ることもあったのからかも知れません。
その前に家の大掃除があったので、それだけが憂鬱でした。
「なんで、年末になるとどこの家も大掃除するの?12月31日の次1月1日が来るだけなのに」と、ポケットに手をつっこんだまま屁理屈言って父や母を不愉快にさせていました。
2歳年下の弟はいつも要領よく、両親の見えるところでは忠実にお掃除をせっせとしていました。父は次男坊でした。ですから、いばる兄にいつも気を使って育ったところもあり、屁理屈こねる長男より黙って動く次男の方が気が楽だったに違いなかったと思います。

神学校の3年間で叩き込まれたひとつに、「掃除も出来ない者は教会に仕える者になれない」ということでした。
神学校では、起床の鐘の後、チャペルでの朝のお祈りの前に宿舎の床の雑巾がけで1日が始まります。
「どうせ、汚れるのになぜきれいにするの?」
「どうせ、腹が減るからもうご飯食べるのをやめたら」
先輩との会話です。
「門脇君、牧師の仕事は掃除に始まり掃除に終わるのだよ」
これは、11月号で書かせていただいた故小谷春夫司祭の言葉です。
3年生最後の教会実習で、1年間京都聖三一教会の聖堂を掃除させていただき、牧師となって同教会で10年間務めさせて頂きました。
1995年の阪神淡路大震災で聖堂の梁が折れ、大改修の工事をさせていただきました。今思えば、神さまの大きな恵みを感じます。

今年は12月31日が日曜日なので、大掃除は12月30日(土)にしようかなと思います。でも、やっぱりお掃除は苦手なのは変わっていません。
最低限の労力で最大の効果を上げるにはどのように動けばいいのだろうと、最大の努力をしてしまいそうです。
天国にいる父と母にあったら謝らなくてはいけないことの一つは、「掃除や片付けをさぼったこと」と、そっといつも僕の部屋の掃除をしてくれていたのに、「ありがとう」の言葉を言ったこともなかったことです。

今年行ったすべての罪と汚れを神さまの愛でゆるしていただき、心の大掃除を年末にしたいと思います。
来る年が皆さま方にとって、神さまの愛とお恵みがいっぱいのすばらしい年でありますように、お祈り申し上げます。

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・・ 聖句と今月のみことば ・・

「見よ、わたしはあなたと共にいる。」
~ 創世記28章15節 ~

ユダヤ人の父祖アブラハム(アブラム)の孫にあたる人ヤコブ、(幼稚園の名前と同じですね)が旅の途中夢を見ました。天使が天まで続く階段を登ったり降りたりしている夢でした。その時、神さまが約束してくれたのです。「わたしはアブラハム、その子イサク、そしてあなたの神です。アブラハムとも約束しました。あなたの子孫は大地の砂のように増やしてあげます。そしてどこに行ってもいつもあなた方を守って必ずこの土地に連れ帰ります。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てません」
夢から覚めたヤコブはここに記念碑(枕の石)を建てて、この場所をベテル(神の家)と名付けました。

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