園長先生のコラム

コラム 【 2021年6月号 】

 新型コロナ感染防止で世界中の国が戦っています。現在日本も多くの都道府県が非常事態宣言や蔓延防止等重点措置をされています。特に日本の多くの国民はこの夏に開催されようとしている東京オリンピック・パラリンピックに「大丈夫なのかな」と危惧しているのが本音でしょう。たしかにIOCの役員の方々のお考えもあろうかとも思いますが開催国としては本当に心配もたしかにあります。コロナ感染が収束されることをお祈りしたいと思います。

 ところで、僕は公言している趣味は「海釣り」ことに船から釣るのが好きなのですがもう一つ「アーチェリー」ことにフリースタイルのフィールドアーチェリーがあります。
京都に在住の頃よく友人と鞍馬にあるフィールドに通いました。今でも道具はそろっています。矢は当然オーダーメイド(腕の長さに合わせるため)です。弓の強さは37ポンドあります。射程距離は90メートルもあります。ただ随分長い間引いていないので実際今引けるかどうか不安ですが道具はあります。高校生の時和歌山のリハビリ専門の病院に入院していた幼稚園の先生のお見舞いに行ったとき車いすに乗った方々が射的場で30メートル先の的にすべて真中に集中して命中してることに驚き感動しました。ときどきお見舞いを口実に練習を見に行くことが多くなりました。実はその方々の中にパラリンピック出場された方がいて後にパラリンピックの存在を知ったのです。2000年の6月でした。頸椎のヘルニアを患いそのリハビリをかねて友人の紹介で京都のフィールドアーチェリー会員になり通うようになりました。

 ところでパラリンピックの歴史はアーチェリーから始まったそうです。
1948年医師のルードウィッヒ・グッドマン博士の提唱によって、第2次世界大戦で負傷した兵士のリハビリの一環として始まったそうです。1948年のロンドンオリンピック開会式の日、ストーク・マンデビル病院で車いすのアーチェリー大会を開催されたそうです。当時の参加者は16人ほどの小さな大会だったそうです。この病院で行われた大会は後に、ストーク・マンデビル競技大会と言われる様になりました。これがパラリンピックの発祥と言われています。1952年には国際大会が開かれるまでになり1964年の東京大会で名称を「パラリンピック」と改め、1960年にローマで行われた「第九回ストーク・マンデビル競技大会」を第1回パラリンピックとしたそうです。

 1964年の東京オリンピックは覚えています。僕が小学5年生でした。でもパラリンピックのことは知りませんでした。「東京2020」は当然オリンピック:パラリンピックセットの開催として認識しています。でも僕の気持ちの中でのパラリンピックは障害を克服して生きる勇気をくれる大会という意味で思いを馳せる気持ちが大きいと言えます。

 何とか開催時期を再延長して安心できる状況で開催していただきたい気持ちでいっぱいです。

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