園長先生のコラム

コラム 【 2017年8月号 】 「 牧師のお仕事 」

過日、7月1日久し振りに4人の聖職(司祭3人、執事1名)の叙任式が、京都にある主教座大聖堂(カテドラル)でありました。
恐れ多くも、私のような非学非才の私が、聖職按手式の説教者としての大役をお引き受けすることとなりました。
長い牧師としての生活の中での失敗談として、皆さんへのお祝いと激励のお話しなら少しは経験のある司祭として話せると思い、勇気を持って話してきました。

牧師の仕事は、大きく分けて3種類ぐらいあるといわれます。

先ず預言者としての仕事です。
聖書における預言者とは、ノストラダムスの予言というような未来のことを予期して語るのではなく、神さまのみ言葉を預かって人々にそのことを告げるという仕事をするのです。預言の預という字は預けると言う字です。予めと言う字では在りません。ですから、未来のことをいうときもありますが過去の出来事に触れるという意味があったのだと、神さまからの託宣つまりご意思伝えるのが預言者です。旧約聖書を紐解きますと、実に多くの預言者がいます。その中でも活躍した預言者たちの多くは、民衆や国家に支持されているとは限りません。耳に心地よい預言ばかりではないからですね。嘆きの預言者といわれるエレミヤなどは、愛する王国が亡んでゆく歴史の中で「もう勘弁してくれ」と再三神さまに願っています。しかし、それでも預言者は神さまから預かった大切な言葉を自分がどうなろうとたとえ人びとから愚弄され、罵られ孤独になろうと言わなければならないのです。僕は出来たかというと、若いときは勢いと浅はかさで祈りも足らず、何が善で何が悪かも良く考えず、言動に走りまるで偽の預言者のような罪を犯しました。

牧師の2つ目の仕事は良き教師としての職務です。
つまり、教師としての勤め信徒や求道者を教え導く大切な尊い仕事があります。人を教え導く教師は、知識だけあればいいのでしょうか?もちろん、知識や経験が豊富であることは結構なことなのですが、それにもまして教えるときに愛と信仰を持って関わっていくことが本当に必要と言うことです。教師職としての聖職者は常に研究と自己の資質の向上に祈りをもって励まなければならないのです。

牧師として3つ目のお仕事それはまさに牧会者(羊飼い)としての仕事です。
家出してしまった人をなれない大都会まで探しにいきました。聖書にはルカ15:4「その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。」とあるからです。牧会に出て37年の間に何十人と言う方々をみ国にお送りしました。両親を含め愛する多くの信徒、恩師、教え子、子ども、嬰児そして生まれることができなかった赤ちゃん。本当にたくさんの方々です。一人ひとり忘れることが出来ない関わりです。一人としてこの世に無駄に生まれてきた人はいません。むしろ死に行くすべての人びとからいただいた信仰的遺産を受け継ぐことこそ、牧師の特権のように思えます。「先生長いことお世話になりました。いよいよ、これからイエスさまのところに参ります。」「先生長いことお世話になりました。いよいよ、これからイエスさまのところに参ります。」「先生、天国ってどんなところなのですか。会いたい人に会えるのですか。こっちに残してゆく人たちにもまた会えるのですよね」すべて本当に語ってくれた言葉です。牧会とは信徒、求道者、すべて関わる人々の傍らに寄り添うことと思うのです。

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・・ 年主題聖句 ・・

「あなたがたは神に愛されている子どもです。」
~エフェソ 5章1節~

「天上天下唯我独尊」という言葉があります。
「天に於いても地においても私という存在は独りであるがゆえに尊い存在である」という意味です。どんなに辛いとき寂しいときでさえも自分は神さまに愛されている存在、神さまの子どもとして生かされていると信じたいものです。

・・ 聖句と今月のみことば ・・

「しかし、必要なことはただ一つだけである。」
~ルカによる福音書10章42節~

イエスさま一行の夕食の接待しようと張り切るマルタとその妹のマリアがいました。12人もの接待と言うのは大変です。マルタはきりきり舞いしているにも関わらず、マリアは食事の準備の手伝いどころか、イエスさまのそばでお話を聞いていました。辛抱できずついにマルタは、イエスさまにお小言を言いました。「少しは手伝うように言ってください」と。ところが叱られたのはマリアで無くてマルタだったのです。女性が、人生の中で本当に大切な話が聞ける機会がそんなになかった時代でした。直接イエスさまのお話が聞ける機会を失う方がもったいないということをイエスさまはおっしゃったのでした。

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