園長先生のコラム

♪ コラム 【 2016年3月号 】 「 シャローム 」

恒例の2月の「音楽発表会」が終わりますといよいよ卒園式を迎える準備の期間に入ります。
「音楽発表会」の来賓で来られた津児童合唱団の河合先生がお帰りになるとき
「本当に子どもたちの成長が確認できますね」と感想を述べておられました。

「見せる保育」〈園児獲得のためあえて子どもたちに「こんなこと出来るようになりました」と来年度の入園希望者に見せる保育〉をしないのが僕の幼児教育の姿勢です。
でも、見せる保育ではないにしても「教育の実践の成果を確認し、子どもたちの成長を保護者の方々と共に喜び神さまに感謝する機会」は必要と考えています。
そのような意味で3学期終了までにおけるさまざまな行事には多くの喜びと感謝に満たされたものでありたいものです。

そして、いよいよ卒園式を迎えます。
年長黄組さんにとりましては幼稚園最後の行事と言えます。
年中赤組さんには来年は自分たちが巣立って行くのだという自覚を持ちたいですね。
年少桃組さんは春には進級して小さいお友だちが入って来るからもう甘えてばかり居られないというある緊張感が出てきます。

今年も卒園式の最後の歌「シャローム」を歌い卒園児を送ります。
「シャローム」とはユダヤの言葉で直訳では「平安あれ」ですが、日常の挨拶に使われる言葉です。聖書の中では平和、平安と訳されています。
でも単に平和ではなく、旧約聖書では「神さまとの平和の契約」であり、神さまの義(正義ともいいますが根底にある神と人間の本質)に従う者に与えられるものなのです。
さらに新約聖書ではその意味は「イエスさまによる神さまとの和解、神さまによる平和であり、平和の主であるイエスさまによる平和の福音(うれしい知らせ)」ということなのです。
そして、それを実践するものは「神の子」と呼ばれ得るのです。
ですから新約聖書中の色々な手紙の中では常に「キリストにある平安があるように」と挨拶を送っています。

卒園してゆく黄組さん、「シャロ-ム」
そして4月に進級する赤組さんと桃組さん「シャローム」

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・・ 聖句と今月のみことば ・・

「義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれるのです。」
~ヤコブの手紙 3章18節~

今月の聖句の箇所「ヤコブ」って幼稚園の名といっしょですね。手紙の内容からイエスさまの教えに近いことをよく書かれていますから書かれたのはおそらくイエスさまとあまり年代が離れていない人が想像できます。とすると4人くらい考えられます。ヤコブの手紙の内容に「行いのない信仰は人を救えない」(cf.2:14-26)と言う意味の箇所があります。それは使徒聖パウロの「信仰義認」〈律法の実践より神さまへの信仰こそが大切〉を曲解して「信仰があれば行動はどうでもいい」という人々に「行動も大切なのです」と言いたかったのでしょう。そういう意味だとしたら宗教改革者ルターがこの手紙を「わらの書簡」〈意味のない書簡〉と位置づけたのは少し言い過ぎかも知れませんね。

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