園長先生のコラム

♪ コラム 【 2013年10月号 】 「 自己嫌悪 」

自分自身がときどき本当に嫌になってくることありませんか。
幼いころより何度か自分が嫌いになったことがあります。

幼稚園児はよく「ヒーロー遊び」をします。「ごっこ遊び」の一つなのでしょう。
自分がヒーローになって、悪者たちを懲らしめる。ときにはヒーローが窮地に陥りながらも最後には悪に勝利するストーリーは昔も今も変わりません。
僕の年長の頃はまだアニメがなく「鉄腕アトム」も実写版でした。
「ぼ~くは、無敵の鉄腕アトム。さあ来い悪者、やって来い。ジェット推進♪10万馬力、僕は鉄腕アトム 7~つの威力をもっている~ ♪」
家にテレビ(もちろんモノクロ)が無い子どもたちも多かったので、どこまで話が進んだかあらすじを教え合って「鉄腕アトムごっこ」をしたのを覚えています。
幼いころというのは「勧善懲悪」をその役柄でなりきって毎日を過ごせていいですね。

僕も十分に「役柄になりきる」ことを学んで来たつもりなのですが、大人になってから役柄になりきることや演じ続けることに疲れてきてしまうことが多いように思います。
しかも、「自分が何を求めているのか」「何を求めなければならないのか」「しなければならないこと」「してはならないこと」を見極めて生きていくことが難しく感じてしまうこの頃なのです。夏の疲れがやっととれ、過ごしやすい季節となってきました。
ところがこの季節、「運動の秋」というのに、「疲れるから運動したくない」、読書の秋「この本読みたいから仕事の読書よりこれ優先」。
食欲の秋です。「大体この季節おいしいものが多すぎるからしょうがない」とつい食べ過ぎ、飲み過ぎしてしまい後悔して自己嫌悪に陥る始末です。

イエスさまは「自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい」とおっしゃいましたが、「自分を愛する」ことだけでも難しいのです。
なぜなら自分を愛することは、自分を甘やかすことではないからです。
自分を愛するということは、しなければならないことをせず、してはならないことをしてしまう自分に絶望せず何度でも自分を信じ反省する自分を赦し、自分を励まし更生させることなのでしょう。

たしか、美空ひばりの「柔」という歌でしたか、「人に勝つより♪自分に勝てと言われた言葉が身に沁みる♪」という歌詞がありました。
この秋、多くの誘惑から克己してすばらしい秋を迎えたいものです。

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・・ 聖句と今月のみことば ・・

「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」
ヨハネによる福音書15章12節

先月に続き今月の聖句も「愛しなさい」との教えです。
「愛」という言葉聖書のギリシャ語原典にはおよそ「アガペー」「エロス」の2種類があります。意味合いが違ってきます。
エロスの愛は私たち人間が普通に愛する時の愛です。「愛しているから、愛して欲しい」つまり、見返りを求める愛です。なかなか見返りがないものですから片思いや失恋の苦しみがあるわけです。しかし、この愛も決して程度の低い悪い愛ではありません。愛さないより愛し合う方がいいに決まっています。
一方、アガペーと言う愛は「神の愛」と言われています。この愛は、与え続ける愛です。見返りを求めない愛です。今月のみ言葉は、「見返りを求める愛し方ではない愛し方で愛しなさい」ということなのです。そしてその愛し方は、人間の努力だけでできるものではなく神さまへの絶対的信頼、信仰があってはじめて愛せる愛し方なのかも知れません。

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