園長先生のコラム

コラム 【 2017年11月号 】 「 11月1日 」

11月1日は教会の暦で「諸聖徒日」と呼ばれ「すべての教会関係逝去者のため祈る日」と定められています。
津聖ヤコブ教会では毎年11月1日に一番近い日曜日にすべての逝去者のご遺族や関係者と一緒に礼拝をして、昼食をともにしながら故人を偲ぶひと時を持っています。
今年は11月5日(日)になります。

自分が若い頃は、伝道する教会、人生の本質を追求する教会、成長する教会、社会に奉仕する教会等々、何か躍動的な教会のイメージが強かった様に思います。
牧師となって早いもので36年たちました。
両親はじめ多くの信徒、友人、知人がみ国に旅立って逝きました。自分自身が葬儀の司式説教をした人々だけで40人を数えます。
今年も幼稚園に多大な貢献をされた干場邦男さんが、7月5日に逝去されました。
最近よく考えるのですが、逝去された方々の信仰的な遺産を守ってゆくことも、教会の大切な使命ではないかということです。
昨年10月25日に僕の恩師(新約聖書学)の小谷春夫司祭が亡くなりました。
「門脇君、僕は20歳(はたち)から余生なんだよ」酔ったとき、悲しそうに話されたのを思い出します。
彼は海軍兵学校出身でした。1944年(昭和19年)10月25日レイテ作戦で栗田艦隊2番艦重巡洋艦「鈴谷」に乗艦していました。前日24日には艦隊の旗艦である「戦艦武蔵」の沈没を目視したそうです。
25日航空機からの爆弾の至近弾から自艦の魚雷に誘爆し、艦は沈没、艦隊も数隻を残すのみほとんどが沈没、多くの戦友(同期だけでも数百名)を失ったのです。先生はその時20歳でした。運よく駆逐艦に救助され最後の飛行機で呉に戻り後輩訓練中終戦を迎えたのでした。1945年(昭和20年)4月特攻作戦で出航してゆく「戦艦大和」をカッター訓練中見送ったそうです。
戦後京都大学卒業後、聖公会神学院、英国留学を経て、司祭となり人生を神さまに捧げつくしました。「よう長いこと待たせたなぁ。72年経ったね」と、天国で先に逝った戦友たちと語っているのでしょうか。
鈴谷が沈んだ10月25日という同じ日に「長い余生」を終えられた先生を僕は決して忘れません。
ちなみに「鈴谷は撃ち方はじめの号令と同時に爆発したのだから、考えてみると誰も殺すことなく殺されたのだよな」と、先生が言われたのが印象的でした。

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・・ 年主題聖句 ・・

「あなたがたは神に愛されている子どもです。」
~エフェソ 5章1節~

「天上天下唯我独尊」という言葉があります。
「天に於いても地においても私という存在は独りであるがゆえに尊い存在である」という意味です。どんなに辛いとき寂しいときでさえも自分は神さまに愛されている存在、神さまの子どもとして生かされていると信じたいものです。

・・ 聖句と今月のみことば ・・

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる。」
~【新共同訳】マタイによる福音書18章20節 ~

イエスさまのおっしゃる通り2人または3人が心を1つにしてどれほどの人々が祈ってきたでしょうか。ところが多くの場合、真剣に祈っても祈り求めたものを得ることができません。この事実を直視せず、事実起こりもしないことを人に期待させることは罪というものでしょう。でもこのイエスさまのみ言葉には深い意味が秘められています。それは「祈り」の本質についてです。第1に「祈りは自分中心であってはならない」ということです。誰かの祈りがこたえられれば誰かが失望するような祈りであってはならないのです。第2に「自分中心でない祈りは必ずこたえられる」ということです。ただしそれは私たちの願う答えとしてではなく神さまが最善と思われる形でかなうということです。私たちは人間ですから感情、恐怖、希望、願望をもっています。ですから逃避の祈りが多いのです。試練、悲しみ、失望、困難な状態から逃れたいと祈るのです。でも神さまの答えは常に逃避ではなく勝利なのです。神さまは私たちを現実から逃避させるのでなく理解できないことも受け入れさせ神さまなくしては直視できないことにも正面から取り組ませるために力を与えられるのです。

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