園長先生のコラム

♪ コラム 【 2014年1月号 】 「 イエスさまがお出でになる 」

今から13年前のちょうど今頃でした。
和歌山の日赤病院8階個室に母の病室がありました。卵巣子宮がんが多臓器に転移して末期の状態でした。
僕は「告知」をしたかったのですが、頑強に反対する身内がいたものですから、喧嘩するとかえって病状悪化させると思い「告知」しませんでした。
でも、結局のところ母は、自分の死がそんなに遠くにはないことを知っていたようです。
それでなくても輸液の管、その他の管や心電図のコード等でややこしいことになっているのにクリスマスリースやその他の飾りつけで、相当にぎやかな部屋になっていました。
本人の希望でまだモルヒネの使用はせず鎮痛剤と鎮静剤でペインコントロールをしていました。

「もうすぐクリスマスだね」と僕がいうと、苦しそうな息の中で母は「この部屋の戸口までイエスさまが迎えに来てくれている。」と答えました。
アドベント(降臨節)の意味をどうして知ったのだろうか。
イエスさまのご降誕を待つということは、またもう一つの意味(終末論的)には人生の終わりの準備を意味することでもあるからです。
その年のクリスマスは静かなクリスマスでした。
お正月は少し調子が良かったのか僕のいとこに手伝ってもらいながら孫娘たちの振袖の着付をしたのが、彼女が娘たちにしてあげたことの最後となりました。

年が明けてからモルヒネを使用し出しました。
使い始めたときは「こんなに楽になるのだったらもっと早く使えばよかった」と冗談を言っていたのですが、薬量が増すにつれ意識混濁と人格の崩壊が見られました。
「イエスさま、私の名前はしず子です」彼女の最後の祈りの言葉です。

今年もイエスさまがお出でになるクリスマスが近づいて参りました。
色々な状況下、さまざまな場所でイエスさまの誕生をお迎えしている人々がいます。
病床や施設で迎える人々、孤独の中で迎えている方々、異国の地、洋上でクリスマスを迎えている人たちもいるでしょう。
イエスさまがお生まれになるところは、過酷な環境や状況の中にこそあるはずです。
なぜなら、神の子は絶望的なところに希望の光として誕生しなければならないと思うからです。

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・・ 聖句と今月のみことば ・・

「おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆくのです。」
新共同訳 エフェソの信徒への手紙4章16節

キリストの使徒であるパウロの有名な「からだの神学」と言われる聖書の箇所です。
全身のすべての節々がしっかり組み合わされ、関節が結びあわされ身体のそれぞれの部分分に応じて働くときのみ、健康で具合がよく有能とされると述べているのです。
それは、神さまの身体としての教会も同じと説くのです。

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